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8章 衛生・疫学調査の統計

医学に関する統計の起源は,衛生・疫学調査と云われています.それは出生や死亡の率,男児と女児の出生比率,乳児の死亡率や死亡の年齢構成,あるいは地域間格差などの記述から始まりました.
もともと出生と死亡に関する統計は,生物現象を知る上で基本となる統計でしたが,医学と医療の進歩よって衛生統計も人間の健康に関する評価を指標に取り入れるようになりました.しかし,
今のところ死亡現象の統計的な記述が最も最良な手法になっています.
一方,医学的には疾病に関する統計も大切です.疾病の疫学的な調査と解析によって疾病発生の原因を調べ原因を除去することは公衆衛生の使命でもあります.
ここでは衛生統計と疫学統計でよく用いられる指標などについて述べることにしましょう.

8.1. 衛生統計.
衛生統計は人口と人口に関わる出生,死亡,疾病,医療など人間の健康に関する統計です.衛生統計の多くは,全体と個々の「比」や「比率」などの指標を用い人間の健康に関する特性を明らかにするものです.
以下の指標がよく用いらています.

1. 粗死亡率と訂正死亡率.
例えば,周産期統計では妊娠8ケ月以降の死産数と出生数の割合は「比」であり,生後1週間未満の早期新生児死亡数を合計した次の割合は「率」です.
{周産期死亡数(後期死亡数+早期新生児死亡数)/出生児数 }×k

なお,係数kは通常,人口千対を用いるので k=1000 とします.

この様な周産期統計は,母子衛生と母体養護の良否を示す指標として利用されています.周産期統計が母子と母体の衛生を示す指標であれば,人間の出生から死に至る一生の出来事も個々に重要な指標になります.そして,
それを集団として観察したとき人間の死亡は健康状態を示す指標となります.死亡率には,粗死亡率と訂正死亡率などがあり,
粗死亡率は,
粗死亡率={一定期間の死亡数 /一定期間の人口 }×k

年齢別粗死亡率={調査集団の((年齢別死亡率×年齢別人口))の総和/ 総人口}×k={調査集団の(年齢別死亡率×年齢別人口比率)}の総和×k

で与えられます.
しかし,粗死亡率では人口構成のよって違いが生じるので,一定の人口構成を持った人口を標準に性別や年齢別の補正が行われます.これを標準化といい人口の年齢構成について標準化した死亡率を訂正死亡率と云います.
訂正死亡率の計算には直接法と間接法があり次式で示されます.

(直接法)
  訂正死亡率={(調査集団の年齢別死亡率×標準集団の年齢別人口比率)の総和}×k

(間接法)
訂正死亡率={標準集団の粗死亡率/調査集団の人口構成に訂正したときの標準集団死亡率}×k

訂正死亡率は人口の年齢構成を著しく異にする集団や年齢層に偏差する死亡原因の探求などに有用です.しかし,標準となる集団によって死亡率が異なることに注意しなければなりません.

年齢別の訂正死亡率の計算例を表53 に示します.

表53 年齢別訂正死亡率の計算例(数値例として作成したもので,実測データでない)
標準集団(S)
年齢死亡率(A)人口比率(B)粗死亡率(A*B/100)訂正死亡率(A*D/100)
0-3928.57800228.56163.26
-5925171.4342.8671.43
60-20028.5757.14285.72
**1000Sd=328.56Sc=520.41

調査集団(R)
年齢死亡率(C)人口比率(D)粗死亡率(C*D/100)訂正死亡率(C*B/100)
0-3916.67571.4395.26133.36
-5950285.71142.8685.72
60-100142.86142.8628.57
**1000Rd=380.98Rc=247.65

表53 から,直説法による訂正死亡率は,
調査集団人口に訂正した死亡率(Rc)=520.41(1000対)
標準集団人口に訂正した死亡率(Sc)=247.65(1000対)

間接法による訂正死亡率は,
標本集団に訂正したときの調査集団死亡率=Rd×Sd/Sc=380.98×328.56/520.41=240.53(1000対)

8.2. 疫学統計.
衛生統計は調査の対象となったある一定期間における集団の健康に関わる各種の指標から,その特性を探求し現在と将来の衛生上の問題に対応するものでした.
これに対し疫学統計は統計的手法を用いて健康の障害となる原因を分析し健康の増進と疾病の予防を図るものです.

(1)指標について.
現在,わが国では国民全員に定期的な健康診断の機会が与えられており非常に有用かつ効果的な役割を果しています.
健康診断はある集団の中から疾病者を発見するものであり,通常,X線撮影・血圧測定・心電図検査・血液化学的検査などのスクリーニング検査によって疾病者のふるいわけを行います.
ふるいわけの精度とその効率を示すものに「敏感度」と「特異度」があります.

敏感度は「疾病者を異常として検出する率」
特異度は「健康者を正常と診断する率  」

です.また,
正常者を誤って異常とする「偽陽性度」,異常者を誤って正常とする「偽陰性度」などの尺度もあります.
表54 はこれらの関係を示したもので,

「敏感度」+「特異度」
を有効度といい,有効度>1が望まれます.

表54 スクリーニング検査における指標の求め方
..陽性陰性
疾患(異常)ありA(True)B(False)N1
疾患(異常)なしC(False)D(True)N2
N3N4N

敏感度(Sensitivity又はTrue positive rate)=A/N1
特異度(Specifity又はTrue negative rate)=D/N2
偽陽性率(False positive rate)=C/N2
偽陰性率(False negative rate)=B/N1
陽性反応的中度(Predictive positive value)=A/N3
陰性反応的中度(Predictive negative value)=D/N4 有病率(Probability of disease)=N1/N
有効度=TN+TP

例えば,
労働安全衛生規則による法定一般定期検診(身長・体重・視力・聴力・血圧・検尿・X線・その他の理学所見など)において
表55 のような結果が得られたとします.

表55 検診所見の割合(この表は数値例として作成したもので実測データではありません)
..陽性陰性
異常あり1410401450
異常なし601725417314
14701729418764

このデータから,次のような指標が得られます.

敏感度(TP)=1410/1450=0.972=97.2 %
特異度(TN)=17254/17314=0.997=99.7 %
偽陽性率(FP)=60/17314=0.00347=0.347 %
偽陰性率(FN)=40/1450=0.0275 =2.75 %
有効度(EF)=0.972+0.997=1.969

計算方法は次の「エクセル」を参考にして下さい。
エクセルSheet[検診所見指標]

この様なスクリーニングにおけるける正常と異常のふるい分けはX線診断にしても,
心電図診断にしても判定者の読影力や解読力,あるいは,血圧・検尿・血液生化学的検査などの判定と正常値設定のとりかたなどによっても変わってきます.すなわち,
疾病異常者を検出する率(敏感度)を高めれば,一方の特異度すなわち健康者を正常とする率は小さくなります.したがって,
その水準は健康者を異常と誤る率を出きる限り低くし,患者を正常と誤る率をどの程度まで許容するかで決まるものです.
通常の健康診断でのスクリーニング検査は複数の検査項目の組合せで実施することが多いものです.例えば,
循環器系の検診において眼底検査と心電図検査を組み合わせて高血圧性・動脈硬化性変化をスクリーニングしたとき,
表56 のような成績となったとします.

表56 2つの検査を組み合わせたときの成績(この表は数値例として作成したもので実測データではありません)
眼底検査心電図検査正常者異常者
(-)(-)825
(+)(-)510
(-)(+)88
(+)(+)577
..100100

2種類の検査での敏感度(TP)および特異度(TN)は,
眼底検査 で TP=(10+77)/100=87%,TN=(82+8)/100=90%
心電図検査で TP=( 8+77)/100=85%,TN=(82+5)/100=87%

であり,
高血圧性・動脈硬化性変化をスクリーニングする検診においては,眼底検査の方が優れていることが分かります.ここで,
両方の検査を同時に実施したとき眼底または心電図のいずれかが陽性(+)となる率と両方とも陰性(−)となる率をふるい分け水準とすれば,
TP=95%,TN=82%

となり,
検診項目を増やすほどはTP高くなりますが反対にTNは低くなります.
検診を1次検診と2次検診に分け1次検診での陽性(+)のみに2次検診を実施したとすれば,
1次でのTP' 又は TN' と2次での TP'' 又は TN'' のそれぞれの積,
(TP′×TP″),(TN′×TN″)

が総合的なTP,TNとなります.しかし,
検診の目的が特定疾患の発見にあるとすれば,1次検診で疾患の「有る」・「無し」を,2次検診で目的とする疾患を診断する手順となり,
その検診でのTP,TN は疾患異常検出の評価はできますが特定疾患検出の評価は困難となります.

(2)疫学的分析.
ここまでは衛生・疫学統計で良く用いられる一般的な「比」や「比率」の指標とその計算法を示ししました.
次に,ここでは私達の調査研究において大切な「原因又は要因」と「結果」に対する関連性の分析を取り上げてみましょう.
疫学的調査では「コホート調査」と「患者・対照調査」で代表される分析法があります.
「コホート調査」は「前向き調査」とも云われるように,ある人間集団が疾病の原因となるような要因に曝されたとき,その人間集団を長期間追跡観察して,
その要因に起因すると思われる疾病とか死亡の発生を推定するものです.例えば,
タバコを吸う者と吸わない者の肺癌の発生などの比較などです.これに対し,
「患者・対照調査」は「後向き調査」とも云われ,疾病のある集団とない集団の2群について,ある要因に起因しているか,いないかを調べその因果関係を推定するもものです.例えば,
水俣病患者の魚介類摂取の有無と非水俣病患者などの比較などです.
この様な2つの調査方法の特徴から,一般的には最初に「後向き調査」で因果関係のある要因を探し,次いで将来に向かって「前向き調査」を行うことが多いものです.そして,
これらの疫学的分析においては「相対危険度」を指標として用います.相対危険度は次のようにして求めます.

[コホート調査]
一般形式を次のように示すとき,
..疾病(有)疾病(無)
要因(有)n1
要因(無)n2
m1m2

相対危険度(RRn)は,次により計算します。
(A/n1)/(C/n2)=(A*n2)/(C*n1)

これは,要因(有)の群が,要因(無)の群に比べて何倍の危険があるかを示しています.

これに対し疾病(有)の群と疾病(無)しの群での相対危険度(RRm)は,
RRm=(A/m1)/(B/m2)=(A*m2)/(B*m1)   

となります.したがって,
相対危険度は次のように示すことができます.
相対危険度=特定の要因に暴露した群における比率/暴露しなかった群における比率

そして,その寄与危険度(AR)は,
AR=(A/n1)−(C/n2)

であり,要因(無)のみかけの疾病発生率を除いたものが,要因(有)の真の発生率となります.

[患者・対照調査]
一般形式を次のように示すとき,
..疾病(有)疾病(無)
要因(有)A/L1B/L2n1=A/L1+B/L2
要因(無)C/L1D/L2n2=C/L1+D/L2

L1 , L2 は疾病(有)群と疾病(無)がとられた母集団の数です.
ここで,
相対危険度(rr)は,
rr=(A/n1)/(C/n2)=(A*n2)/(C*n1)

一般に疾病(有)りは疾病(無)しに対し,母集団において極めて小さいと考えられています.したがって,
ここでの相対危険度(rr)は次式で推定できます.
rr=(A*D/ L2)/(B*C/L2)=(A*D)/(B*C)

数値例として,
表57 のようなアスベスト「暴露者(+)」と「非暴露者(−)」における胸部X−P所見(胸膜肥厚,下肺野陰影)の異常の有(+),無(−)者数を考えてみましよう.

表57 アスベスト暴露の有無とX−P所見(この表は数値例として作成したもので実測データではありません)
..疾病:X-P(+)疾病:X-P(-)
要因:暴露(+)138552690
要因:暴露(-)66762828
20413141518

表57 のデータから,
コホート調査(前向き調査)における相対危険度は次の通りです.

暴露(−)者のX-P相対危険度=(66×1314)/(762×204) =0.56
暴露(+)者のX-P相対危険度=(138×1314)/(552×204)=1.61

X-P(−)者のアスベスト暴露相対危険度=(552×828)/(762×690)=0.87
X-P(+)者のアスベスト暴露相対危険度=(138×828)/(66×690)=2.51

ここで,X-P相対危険度に比べて,アスベスト相対危険度は,
0.87/0.56=1.55 ,2.51/1.61=1.56

であり,いずれも 1.6 倍近い危険度であることが分かります.一方,
X-P(+)者の暴露(−)者に対する寄与危険度(AR)は,

AR=(138/690)−(66/690) = 0.12  

ですので,約12 %の人々はアスベスト暴露による真のX-P異常所見と推定されます.

「注意」
アスベスト暴露による胸部 X-Pの異常所見,例えば,
下肺野を中とした,びまん性・散布性の粒状・小輪状・多発輪状・肺紋理の乱れ・胸膜肥厚などの所見は非可逆性変化であるのでアスベストに暴露されていなければと解釈します.

次ぎに,
患者・対照調査における相対危険度は,
相対危険度(rr)=(138×762)/(66×552) = 2.886   

になります.
単に,相対危険度をもって各種疾病間の比較を行うのであれば,この「rr」で良いのですが,母集団について有為であるかどうかを考えるのであれば,
次のカイ二乗の検定を行う必要があります(3章「比較の考え方を知る」参照)

X-squared=(N-1)(A*D−BC±N/2)/(n1*n2*m1*m2)

但し,rr≧1 の時は「−N/2」 ,rr<1 の時は+N/2とします.
よって,

X-squared={(1518−1)×(138×762−552×66−1518/2/)}/(690×828×204×1314)=45.75

したがって,
X-squared=45.75 >KAI^2(0.05,1)=3.8415 (両側検定 ,危険率5%)

から,危険率 5% で有意と云えます.すなわち,
数値例(表57)では,アスベスト暴露(+)は暴露(−)よりも,胸部X-Pの異常(+)があると推測されます.  

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